2008.02.16
多義性はあったほういがいいのか良くないのか
TUMBる - リブログは創造的(n/a)に対して。
(以下、http://as365n1.tumblr.com/post/26478752 より転記)
「引用」ってのは、著作権法にいう引用だったり、もっと広範囲なものを含む引用だったり、Tumblr上の”Quote”だったり、どうとでも取れるなあ。それが「多義性」というものなんでしょうけども。
「全文転載には多義性はない」のところが、ちょっと文意を取りかねているのだけど、http://anond.hatelabo.jp/20080121052652 のようなものの逆、と理解してよろしいんでしょうか。「多義的」解釈をされてしまうと、朝日記者のように切り貼りして情報操作*
ということにもなってしまうということですよね?
多義的で「都合の良い解釈が可能」な(部分的)引用と、多義性はないけども誤解も生じない“下品”な「全文コピペ」とでは、どちらが良いとお考えなのでしょうか。
追記
なんか「ネットを自重」なさるそうで、これに対する回答はしばらくお預けということですかね。
その内容しだいで、今後id:Hetaru氏の書いたものに言及する場合に「全文」か「部分引用」かどちらを選択したほうがいいかを判断しようとは思っているのですが。
反応
必要であれば全文転載せざるをえない場合もあるよね
例えば俳句は5・7・5全部引用しないと意味が伝わらないよね
だから全文転載は下品ではないよ。
http://hetaru.tumblr.com/post/26482477
「たんぶららー叩き」については意味がよく解りませんが、とくに全文転載がいけないというお積もりではないと理解しましたので、今後の言及の際には必要に応じて使い分けることにいたします。
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コメント

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